歌舞伎座楽市とは

全国各地の観光・商品・店舗を紹介する「歌舞伎座楽市」を新たに開設します!地方活性化への貢献をめざし、バイヤーが厳選した全国の特産品や銘品を歌舞伎座ならではの視点で紹介。活気溢れる自由で楽しい〝歌舞伎座楽市”を観光PRの拠点として、伝統と感動を提供していきます!ご期待ください!

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観光しませう!

岐阜県恵那市
四月大歌舞伎の第二部『絵本太功記』(えほんたいこうき)の登場人物“武智光秀”(明智光秀)の出生地と言い伝えが残る岐阜県恵那市をご紹介します。

愛された明智光秀

2020年1月からの大河ドラマでも記憶に新しい、明智光秀は織田信長や斎藤道三からの信頼も厚く、家臣や領民から慕われる戦国武将でした。
岐阜県恵那市明智町は、戦乱の世を駆け抜けた戦国武将「明智光秀」の生誕地とされ、光秀に関する伝承や史跡、母である於牧の方の墓所など数多く残り、町民によって今も語り継がれています。
毎年5月3日には光秀まつりが開催され、名将光秀を偲び、勇壮な武将行列が繰り出され、光秀とその母親である於牧(おまき)の方の供養が行われるなど、市民からも親しまれています。

写真上:明智光秀産湯の井戸
明智光秀は、永禄元年(1528年)3月10日、落合砦(土岐明智城・多羅砦)で誕生したといわれています。砦には、光秀の産湯として使われたとされる井戸が現在も残っています。
井戸からは、弥生時代の石器や、焼け焦げた柱材、恵比寿の宝寿等が出土したと言われています。

写真下左:於牧の方の墓所
明智光秀のご母堂、於牧の方(おまきのかた)の墓所。
明智光秀は天正三年、信長の名によって丹波八上城を包囲、波多野兄弟と戦ったが、容易に落ちないので、信長との和睦をすすめ、母於牧の方を人質として出し、兄弟を安土城の信長のもとへ送った。信長はそこで光秀との前言をひるがえし、ただちに波多野兄弟を捕らえ、磔刑にしてしまった。八上城に残った波多野の家臣は光秀の背信を怒り、於牧の方を惨殺してしまったといわれています。

写真下右:光秀供養塔
明知遠山家の菩提寺である龍護寺に、明智光秀の供養塔があります。
光秀に関する碑は、「その悲痛な思いで」ことごとく割れるといった通説どおり、斜めに大きくひび割れが入っています。毎年5月3日には、光秀まつりとあわせて、明智光秀公供養(仏事)が行われています。

四月大歌舞伎の第二部『絵本太功記』(えほんたいこうき)では、明智光秀が織田信長を本能寺で討ってから、羽柴秀吉に敗れ滅ぶまでの数日を題材にしています。江戸時代には歴史上の人物を実名で語ることは避けられていたため、名をもじった人物たちが登場します。
歌舞伎では、全13段あるうちのクライマックス・十段目が主に上演されるようになり、『太功記』の『十段目』ということで『太十(たいじゅう)』とも呼ばれます。

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地芝居・地歌舞伎のまちへ

全国の地芝居・地歌舞伎をご紹介します。

「清流の国ぎふ 2020地歌舞伎勢揃い公演」再開

全国でも地歌舞伎が盛んな地域のひとつである岐阜県には、30を超える地歌舞伎保存団体があります。

昨年から新型コロナウイルス感染症の拡大防止の観点から一時中断していた「地歌舞伎勢揃い公演」再開のお知らせです。
岐阜県内の地歌舞伎保存団体がぎふ清流文化プラザに集結し、11日間にわたり順次演目を披露します。
各地で受け継がれる地歌舞伎の魅力をぜひお楽しみください。

期間は2021年3月14日(日)~8月29日(日)となります。


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木挽町広場は“日本物産展”会場!

「関東・甲信越地方物産展」開催の様子


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