歌舞伎座楽市とは

全国各地の観光・商品・店舗を紹介する「歌舞伎座楽市」を新たに開設します!地方活性化への貢献をめざし、バイヤーが厳選した全国の特産品や銘品を歌舞伎座ならではの視点で紹介。活気溢れる自由で楽しい〝歌舞伎座楽市”を観光PRの拠点として、伝統と感動を提供していきます!ご期待ください!

歌舞伎座浮世絵散歩

牧野健太郎先生ならではの楽しい切り口で、ご一緒に浮世絵の世界を歩きましょう!

『東海道五十三次 由井 薩埵峠(さったとうげ)』 歌川広重
第五回 読み解き浮世絵コード
~美しき東海道の難所~

正面のまっ白な富士山と静かな駿河の海、東海道の富士と海と峠道、絶景にして穏やかな風景です。
しかし江戸時代の初期、この美しい「由井の海岸」は、東海道の中でもとても厳しいところでした。この左上の薩埵峠(さったとうげ) から絶壁の岩山が海へせり出し、この右下の旅人も行き交う海岸線の街道には、太平洋の荒波が時に打ち寄せる危険な場所、東海道の中でも一、二を争う難所でした。

しかしこの難所のルート回避を、幕府は「朝鮮通信使」のご一行様を迎えるためにとして、何とか山の上に整備し新しいルート、峠道を開いたと言われています。
さらに、その波に洗われることで危険だった海岸線は、この浮世絵が描かれたおよそ20年後、幕末の頃の大地震で、海岸線が隆起し少し広めになり、現在ではその少し広がったその海岸線にJR東海道線、国道一号線、東名高速道路が並び「日本物流の大動脈」となっていて、静岡市による映像中継「薩埵峠富士山ライブカメラ」やテレビ局の定点カメラが設置され、この浮世絵と同じアングルで24時間ライブ映像をチェックする事が出来ます。

ここは現在の静岡県静岡市清水区あたり、この位置から眺める富士山の右の肩には、1704年(宝永四)の宝永大噴火で出来た大きな火口、「富士山のえくぼ」が見えていたはずなのですが、広重さんはあえて美しい、きれいな富士のスロープ、稜線を描いてくれています。

そしここの難しいお名前の「薩埵峠(さったとうげ)」とは、その昔、漁師の網にかかり、この海から引き上げられた有難い「さった地蔵様」をこのお山の頂に祀ったことからのお名前とか。そして、このせり出した辺りからは、富士山と駿河湾が一望できる人気No.1のビューポイント、この浮世絵に登場する旅人たちも、おっかなびっくり、この絶景を楽しんでいます。 さらに旅人達の足元には、垂直な厳しい岩肌をモザイクのように重ねて描き、また嵐とでも戦っているかのように折れ曲がった松の枝などと、まるで動と静を、点描と直線で描いた、後の世の印象派のカットをちりばめたような浮世絵です。

この風光明媚な穏やかな駿河湾、日本ではここでしか獲れないサクラエビの漁なのでしょうか、漁師の皆さんが漕ぎ出した影のような小船が見え、更に沖には大きな白い帆が四つ、難所の遠州灘越え、上方とお江戸を結ぶ千石船もゆったりと描かれています。
この由井の絶景カットは、日本一深い駿河湾と日本一高い富士山、その海底から頂上までの高低差なんと6600メートル以上といわれ、その直接見ることは出来ない日本一の雄大さを一枚の浮世絵版画に納めるとは、さすが広重さんが見ている時空間、スケールの大きさが違います。      

観光しませう!

神奈川県 江の島
五月大歌舞伎第三部『弁天娘女男白浪』(べんてんむすめおのしらなみ)の舞台、藤沢市江の島を訪れました。

旧岩本院(岩本楼)

江の島といえば、神奈川県のみならず全国的にも名が知れた観光地ですが、江の島の歴史の中で、貴重な役割を果たしてきたのが岩本院です。

中世、江の島には弁才天を本尊とした、「岩屋本宮」・「上之宮」(現中津宮(なかつのみや))・「下之宮」(現辺津宮(へつのみや))の三宮があり、それぞれ岩本坊・上之坊・下之坊の各別当寺が管理にあたっていました。
この三坊の中で「岩本坊」は、「岩屋本宮」及び、弁才天の御旅所であった「奥津宮」の別当寺で、江戸時代に、院号の使用を許され「岩本院」と称し、江の島全体の総別当でした。

江戸時代には、文学や芸能にもとりあげられ、中でも今月上演される「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)(通称「白浪五人男」)に出てくる「弁天小僧菊之助」は、「岩本院の稚児」がモデルといわれています。
現在は老舗旅館である岩本楼。館内には「岩本院資料館」もあり今回は特別に見せていただきました。元禄十年作の岩本院看板(写真中段右)は岩本院正面玄関に掲げられていたものです。「青砥稿花紅彩画(通称「白浪五人男」)が上演される劇場には時々公開したとのことです。

写真
上段:湘南の景勝地、江の島
中段左:岩本楼
中段右:岩本院看板
下段左:旧岩本院

恵比寿屋

そして、岩本楼のすぐ近くには「恵比寿屋」という旅館もあります。この旅館にも、岩本楼と同様に資料館があります。1Fロビーには、明治三十五年(1902年)十一月歌舞伎座公演の五代目尾上菊五郎の絵看板『弁天小僧菊之助』が掲げられています。(七代目鳥居清忠筆)

現代もなお人気の観光地である江の島は、江戸時代から霊場かつ行楽地として多くの参詣客を集めるとともに、能楽や歌舞伎などさまざまな芸能の舞台となり、また浮世絵にも数多く描かれてきました。歌舞伎と縁の深い江の島は長い歴史の中で折り重なり、自然と歴史、海辺や街並みなど不思議な魅力を持った江の島の奥深さを再認識した一日でした。

写真
上段:恵比寿屋
下段左:弁天小僧菊之助絵看板

バックナンバー

買いたいものはここにある!

日本中が舞台の歌舞伎。その地に銘品あり!

地芝居・地歌舞伎のまちへ

全国の地芝居・地歌舞伎をご紹介します。

「清流の国ぎふ」PRイベント開催

全国でも地歌舞伎が盛んな地域のひとつである岐阜県。

春の訪れも間近の歌舞伎座の地下2階木挽町広場では岐阜県観光誘客推進課と、岐阜県の誇る地歌舞伎や歴史観光のPRを目的とした取り組みで、「清流の国ぎふ」イベントを  令和4年3月12日(土)、13日(日)に開催いたしました。

日本一を誇る岐阜の地歌舞伎や、戦国武将ゆかりの地の歴史観光など、地域の魅力に触れる機会を提供いたします。
昨年12月、歌舞伎座は岐阜県の地芝居・地歌舞伎の皆さまや芝居小屋と、『共に頑張りましょう!』と応援プロジェクトのひとつとして、地歌舞伎の公演会場で歌舞伎グッズの販売を開催しました。地歌舞伎と共に頑張る・応援している「ぎふ地歌舞伎応援」千社札シールを商品に貼付して販売し、利益の一部を地歌舞伎保存会へ役立てていただきました。

今後も歌舞伎座とゆかりの深い岐阜県とつながりを築き、相互にお客様のながれを作っていければと願っております。
コロナが落ち着いたときの旅行先として、「清流の国ぎふ」岐阜県へぜひお越しください。

木挽町広場は“日本物産展”会場!

木挽町広場の催し物について、詳しくはこちらをご覧ください


全国からサイト掲載・出店を募集しています。

出店要項

問合せ先

牧野健太郎(まきの けんたろう)

公益社団法人日本ユネスコ協会連盟 評議委員、明治大学・明治大学リバティーアカデミー・NHK文化センター調師。 教育番組・アニメーション番組の制作やイベントなどのプロデューサー。 2003年よりボストン美術館との共同制作、浮世絵デジタル化プロジェクトの日本側責任者。